「キルヒアイス殿、ご在宅でしょうか?」
「はい、只今。!?、これはミュラー将軍。このような時間帯に訪ねて来る所を見ますと、何か事が起きたのですね」
 嵐は過ぎ去り、穏やかな朝日が大地を照らし始めた早朝、ハイネセンのスラム街に位置するアユとキルヒアイスの住まう家に、ラインハルト配下の将軍の一人であるミュラー将軍が訪ねて来た。このような早朝に訪ねて来るとは、ローエングラムに何か異変があったに違いない。直感的にキルヒアイスはそう思った。
「はい、実はラインハルト様の叔父でありますブラウンシュヴァイク男爵が反乱を起こしたのです!」
「…詳しくお聞かせ願いますか?」
 ミュラーの適格な話により、キルヒアイスは反乱の全貌を概ね飲み込んだ。そして、やはり自分が危惧していた事が起きたと歯を噛み締めた。
「成程…。それでミュラー将軍は異変が起きた場合すぐさま私の所へ駆け付けるよう、前々からラインハルト様からご伝言されていたのですね」
「ええ」
「それでマイ様やサユリ様はどう為されました?」
「それが…隙を見てキルヒアイス殿の元に駆けつけるのが精一杯でして……」
「分かりました…」
 こうやって手際良くミュラー将軍を使いとして来させたのは、こういった事態が起きるのをラインハルト様が予め予想しており、何より使いを遣わしたのは私を頼りにしての事だろう。サユリ様の安否も分からない今、自分はラインハルト様の信頼に答えて行くべきなのだろう…。そうは思うものの、キルヒアイスは判断を決めかねていた。
「行って下さい…」
「アユ様、お目覚めになりましたか」
 そう、この方を置いてここを離れる訳には行かない。目の前にいる病弱の少女アユの存在が、キルヒアイスの判断を鈍らせていた。
「シークさん、こうやって使いを出して来たのは、ラインハルトさんがそれだけジークさんを頼りにしてるってことだよ。だから…」
「それは分かっております…。ですが今の私には……」
「ジークさん、昨日の夜も言ったよね…。ラインハルトさんの身に何かあったらいつでも戻ってあげてねって…そしてそれがボクの……」
「アユ様…。分かりました。反乱が鎮圧する日まで暫しのお暇を頂きます。そして、反乱が終わり次第必ずここに戻って来ます」
「うん…。約束だよ」
「ええ」
 一礼し、キルヒアイスはローエングラムの地へと赴く準備を始めた。その姿を見ながらアユは思った。本当はずっとラインハルトさんの側にいてあげてって言いたかった。だけどボクはジークさんの優しさを知っているから…。だからずっとラインハルトさんの側にいてあげてって言っても、きっとジークさんは首を縦には振らないだろうから…。ボクみたいな人を絶対に放って置けない心の持ち主、そしてその心がジークさんの優しさなのだからと……。



SaGa−2「シノンの森」


「姫〜ミスズ姫〜」
 ある日、ユキトは自分の仕えている王国の姫であるミスズと二人で、静かで緑豊かな草原に位置する湖畔に遊びに来ていた。
「ミスズ〜、みすず〜、みすずち〜ん……」
 しかし途中でミスズは何処かヘ姿を消し、ユキトは必死に探索を続けていた。だが、半刻程探してもミスズの姿を見つけ出す事が出来なかった。
「まったく、何処に行ったんだか……」
「わっ!」
「ぬわっ!」
 ミスズを心配する気持ちが頂点に達した時、突然後ろから声を掛けられ、ユキトは思わず驚いてしまった。
「にはは。ユキトさん引っ掛かった〜」
「ぽかっ」
「痛い…。どうしていきなり殴るかなぁ…」
「無闇やたらに迷惑を掛けるからだ。何か人様に迷惑を掛けたら自分の代わりに軽く頭を殴るようにと、国王からちゃんと許可を得ている」
「が、がお…」
「ぽかっ」
「またなぐったぁ〜。お父様にも二度連続で殴られたことないのに〜」
「その口癖を言ったら躾る為にも殴れと国王から許可を得ている」
「う〜…」
 元々ユキトは王朝の者ではなく、東方の大草原の遊牧民の出で、旅で偶然立ち寄ったエル・ファシル王朝の国王に腕を買われ、以後ミスズの警護を勤めるようになった。ミスズはそのエル・ファシルの姫、ユキトは王朝に仕えるミスズ姫の警護役、二人の関係はそんな感じだった。
「にはは…。でも私、ユキトさん嫌いじゃないよ。私の事『ミスズ』って呼び捨てで呼んでくれるのユキトさんだけだから…」
 元々王朝に関係のない立場のユキトは、自分より年下であるミスズに対して敬語を使う事はなかった。だが、それがかえって王族の者であるが故に、自分と対等の友達のように付き合ってくれる人がいなかったミスズの好意に触れるものだった。
「ふう、しかし心地の良い風だ…」
 自分の生まれ故郷である大草原を思い起こすかのように、ユキトは湖を背に草叢に寝転がった。
「そうだね…」
 そのユキトに添うようにミスズも寝転がり、ユキトの方に顔を向けゆっくりと語り出した。
「ねえ、ユキトさん…。もしお父様の許しが出たら、私ユキトさんと一緒に旅したいな…。西の砂漠の山の向こう。大草原の東にある黄京…。そしてその更に東の誰も行ったことのない海の海の先に……」
「残念だが、料理の下手な女と旅に出る気にはなれないな」
「が、がお…」
「ぽかっ」
「ぐすっ…これで3度目…」
「それ以前に、まずはその癖を直してからだな」
「う〜…」
 しかし内心ユキトはそれも悪くはないと思っていた。ミスズの口癖「がお」。それは将来はドラゴンになって世界中を飛び回りたいという幼い頃の夢が原因だと、ユキトはミスズ本人から聞いた。一見子供じみた夢だが、その夢の中には世界を見て回りたいという、素朴だが王族の者には叶えられそうにない夢が込められているとユキトは理解した。そんな純粋な心を持っているミスズに、ユキトは次第に惹かれて行った。そんな狭い世界しか知らないミスズに、いつか広い世界を見せてみたい。そういつか……。
「夢か……」
 窓から入る日差しを浴び、ユキトは今までの光景が過ぎ去りし遠き日々の思い出を夢見たものである事を自覚した。
(気にする必要ない、また元の旅人に戻っただけだ…。違うのは旅の目的が二つに増えた事、ただそれだけだ……)
 そう語るユキトの旅の目的、一つは伝説の曲刀カムシーンを手に入れる事。そしてもう一つは、自分に一時の安らぎを与えてくれた、今は行方知れずの身となったミスズを見つけ出す事……。



「準備は整ったか?」
「ええ」
 嵐の夜の翌日、朝食を取り終え旅の支度が整ったユキトとサユリは、集合場所である酒場前に向かった。
「おっ、来た来た〜。サユリ様にユキトさん」
 二人が酒場に近付くと、元気な調子のジュンの声が聞えて来た。そして酒場に近付くにつれ、他の者も既に集合しているのが確認出来た。
「おはようございます、ジュンさん、ユウイチさん、カオリさん、シオリさん」
「おはようございます、サユリ様。足のお怪我はもう大丈夫でしょうか?」
「ええ。ユウイチさんの玄武術のお陰でもう大丈夫です。どうもありがとうございました〜」
「恐縮です。今時術なんて誰でも唱えられますから」
 術は現代においては武道のように身に付ける気になれば誰でも身に付けれるものだった。もっとも高等な術を使いこなせるようになるには、それ相応の修行は必要であったが。
「みんな家の人には狩りに出掛けるって言ってあるわ。下手にサユリ様の名前を出さない方がいいと思って」
「賢明な判断だな」
 一通りの会話を済ませ、六人はラインハルトの元へ向かう為、シノンの森の奥へと入って行った。



「グルル…」
 森に入って暫くすると、目の前に地狼の群れが現れた。
「ヒュ、ザシュシュ…」
 その群れをユキトは手際良く華麗な動きで斬り払った。
「ひぇ〜、さすっが〜」
 あまりのも華麗な動作に、ジュンは感嘆の声を上げた。自分もそこそこ剣は使えるが、ここまで華麗に使いこなす事は出来ない。流石はトルネードの通り名で知られているだけの事はあると心から納得した。
「キシャァァァ!!」
「キャ!」
 また暫く進むと、今度はサユリの頭上をヘルダイバーが過った。
「シオリ、弓で迎撃するぞ!」
「はい、ユウイチさん!」
 ユウイチとシオリは互いに装備していた狩人弓で矢を放った。しかし、素早い動きのヘルダイバーには命中しなかった。
「風よ、我に立ち向かう者を切り裂く刃となれ!ウインドダート!!」
 二人が弓で迎撃している間ユキトは呪文を詠唱し、刃と化した風、ウインドダートをヘルダイバーに向かって放った。
「カキィ、カキィン!!」
「ギィャ!」
ユキトの放ったウインドダートは見事命中し、ヘルダイバーは絶命の声を上げて地面へ落下した。
「地を這う者にはその剣技で、空を舞う者には術で対応…。まさに隙なしね…」
 そう思ったのはカオリだけではなかった。群がる魔物を悉く瞬時に打ち倒すユキトに、誰もが似たような感想を抱いていた。これがトルネードと怖れ敬われる男の実力なのだと…。
「まったく、これじゃ俺達何の為に付いて来たか分からないな…」
「あははーっ、そんなことありませんよー。皆さんとこうして共に歩くだけで少しは心に余裕が持てますから」
「そう言ってくれるとありがたいです。……っ!?危ない、サユリ様!」
「グアァァァァァ!!」
 両翼を広げて7メートルはあるだろう猛禽類型のモンスターが、突然サユリ目掛けて襲い掛かって来た。咄嗟にジュンがサユリを抱えて馬から身を投げ出した事により、サユリは一命を取り止めた。しかし乗馬していた馬はモンスターの直撃を受け、その場に倒れ絶命してしまった。
「馬が…」
「馬の心配より自分は大丈夫か、サユリ様」
「え…ええ…」
「そうか、それは良かった。くっ…」
「ジュンさん!」
 一見回避したかに見えたが、モンスターの鋭利なかぎ爪はジュンの背中をかすっていた。
「へへ…俺とした事が……」
「ジュン!今俺が治してやる!!」
「ユウイチ、俺に構うな!まずは目の前にいるモンスターを倒すんだ!!」
「あ…ああ!くそっ、モンスターめ、よくもジュンを!」
 背中から出血しているにも関わらず、ジュンは傷口を癒す行為を拒否した。そのジュンの気持ちに答えユウイチは迷いながらもモンスターと臨戦する構えを取った。
「くっ…こいつはちょっと厄介なモンスターだ…」
 今まで顔色一つ変えずにモンスターを打ち倒してきたユキトが、始めて顔に動揺を見せた。
「風よ、我に立ち向かう者を切り裂く刃となれ!ウインドダート!!」
 モンスターが再び襲い掛かってくる隙を見てユキトは再びウインドダートを唱えた。
「バササッ…!」
 しかしモンスターはその凄まじい羽ばたきにより、ウインドダートを弾き飛ばした。
「くっ、やるな…」
「ユキトさんの術が効かないだなんて…私達になんかに倒せるの…?」
「シオリ、怖がってる暇があったならさっさと逃げなさい!私はどうあっても戦うわよ!!」
 怖がるシオリとは対照的に、カオリは勇敢にモンスターに立ち向かって行った。
「術が駄目なら、これはどう?トマホーク!!」
「タタタ…ヒュルル〜」
 勢い良く駆け走り、カオリはモンスター目掛けて斧を投げ付けた。
「ズガカッ!!」
「グァッ!」
   その斧はモンスターの片翼に命中し、カオリの手元に戻って来た。
「よし!なら今度は俺がその傷口にダメージを与えてやる。大地に大いなる恵みをもたらす雨よ、その恵みの柱を鋭利な矛先へと姿を変え、我に襲い掛かる者に裁きの一撃を与えたまえ!スコール!!」
「ザァァァ…」
 ユウイチが玄武術スコールを唱え出すと辺りに雨雲が集まり、強い酸性の雨がモンスターに降り掛かった。
「ギィヤァァァ…!」
 酸性の雨はモンスターの傷口に確実に染み込み、モンスターは悶絶するような叫び声を上げた。
「私だって、役に立ってみせます…。影ぬい!!」
 シオリは弱まったモンスターの影目掛けて矢を放った。矢は見事モンスターの影を捉え、モンスターは身動きが取れなくなっていた。
「ほう…なかなかやるな…。ではトドメは俺が付けよう…。デミルーン!!」
 手に掲げた三日月刀の形を生かした弧を描いた太刀筋で、ユキトは地面に近い低空で影を射抜かれ必死に羽ばたこうとしているモンスター目掛けて飛び跳ねた。
「ダッ、ヒュルル…カキィィン!!」 
 跳躍した足はモンスターまで届き、その一撃はモンスターを真っ二つに切り裂いた。
「ドサッ!」
 モンスターは断末魔を叫ぶ暇もなく、その巨体を地面に晒した。
「やったな!痛つつ…」
「ジュンさん、しっかりして下さい」
「なぁに…皮一枚ですよ。しかしそれでも暫くは出血が止まりそうにないな…。ユウイチ、頼む!」
「ああ。我々に生きるの糧を与えてくれる偉大なる水よ、今我の前に居りし傷つき者にその力持て更なる生命の衝動を与えん…生命の水!!」
 空気中に散乱する酸素と水素が混ざり水滴が形成され、ジュンの傷口に注ぎ込まれた。玄武の加護を受けたその水滴は見る見る内にジュンの傷を塞いでいった。
「ふ〜サンキュー。それにしてもみんなよくやったな。結局俺だけ役立たずか…」
「そんな事ありませんよ、ジュンさんが身を呈して下さったお陰で、サユリは傷一つなかったのですから…」
「そうだぜジュン、お前が一番の勲章物だ」
「見直したわよ、ジュン君。さ、早くラインハルト様の元に向かいましょ」
 激戦を終え、辺りには和やかな空気が漂っていた。ジュンもユウイチもカオリもシオリも、それぞれがそれぞれの秘めたる力に驚いたと共に、互いにその力を評価しあった。
(ガルダウイングがこんな所に…。やはり死食でアビスゲートが復活したっていうのは本当なのか……)
 しかしただ一人ユキトは、場違いなモンスターの出現に、アビスの侵攻を少なからず感じ取っていた。



「サユリ様!?どうしてこのようなお所に……」
「ミッタマイヤー将軍。お兄様に至急伝えたいことが……」
 何とか森を駆け抜け、サユリ達はラインハルトの宿営地に辿り着いた。辿り着いて早々ラインハルト配下のミッタマイヤー将軍と接触し、兄に取り次いでもらえるよう願い出た。
「はっ、諒解致しました。して、他の方々は?」
「サユリをここまで護衛為さってくれた方々です」
「そうでしたか。ではその方々共々こちらにおいで下さい」
 ミッターマイヤーに案内され、一向はラインハルトのいるテントへと向かった。
「ラインハルト様、たった今サユリ様が宿営地にご参上し、至急ラインハルト様にお伝えしたい事があると…」
「何っ、サユリが…!?分かった、直ちに通すように」
「はっ」
 ラインハルトの許可を得、ミッターマイヤーはサユリ達をテントの中へと招き入れた。
「サユリ、お前がこのような所に来るとは、一体何があったのだ!?」
「お兄様、ブラウンシュヴァイク男爵が大臣と手を組み、反乱を画策しています。サユリはその全貌を偶然聞き入れ、一刻も早くお兄様に伝えるべくこの陣地まで馳せ参じました。お兄様、早く兵を引き連れお戻りになって下さい!でないと取り返しのつかない事に……」
「ブラウンシュヴァイク男爵がか…。分かった、今直ぐ兵を引き連れ新無憂宮ノイエ・サンスーシーへと帰還しよう。ところでサユリ、彼等は何者だ?」
 サユリの言伝を眉一つ動かさず冷静に聞き取ったラインハルトは、サユリの後ろに控えていたユキト等に目をやった。
「はい、彼等はサユリをシノンの村からここまで護衛為さって下さった方々です」
「そうか、それはご苦労だった。今は遠征中故大した礼は出来ぬ。宮殿に戻り次第卿等にはそれ相応の恩賞を与えよう」
「ありがとうございます」
 ラインハルトの言に、ユキトを除く四人は深々と頭を下げた。
「そこの曲刀を腰に飾った男、ローエングラム候の御前であるぞ、何故頭を下げぬ!」
 唯一頭を下げなかったユキトにミッターマイヤーは不快感を感じ、遺憾の言動を見せながらユキトに近付いた。
「悪いが俺は自分の仕えていない者に頭を下げる気はないんでな…」
「貴様!」
 あまりに不敬な態度を取るユキトに対し、ミッターマイヤーはその胸ぐらを掴み掛かった。
「待て、ミッターマイヤー。曲刀を腰に飾った男よ。卿のその態度からして、卿は余の領地の民ではないのだな?」
「まあな」
「ならばそれは当然の行為だ。例え余が一領主でも、自分と関係のない者ならば敬意を表す義理はない」
 普通の権力者なら到底行わない言動を放ったラインハルトに対し、これが陛下のご裁量なのだと思い、ミッターマイヤーは素直に手を引いた。
「しかしそのような態度、常人にはなかなか取れるものではない。待てよ…その言動、何よりその腰に掲げている曲刀、もしや卿があのトルネードか?」
「俺をそう呼ぶ奴もいるな…。俺の名はユキトだ」
「ユキト…それが卿の名か。ではユキトよ、卿に一つ頼みがある。これから反乱を鎮圧するに辺り、卿もその戦列に加わってもらえぬか?無論それ相応の恩賞は与える」
「金がもらえるならば俺は構わんが…」
「陛下、このような不敬者に手を借りるなどとは!」
 ラインハルトの提案に対し、ミッタマイヤーは即座に反対の意を示した。
「ミッタマイヤーよ、では卿は何処の馬の骨と知れぬ者がいきなり自分に忠誠を誓うと言い出し、挙句の果てに命を賭けてまで忠義に尽くすと言ったら、卿はその者の言動を信用するか?」
「うっ…そ、それは、その者の言動にも寄りますが、大概は信用しないかと……」
「そういうものだ。己の配下の者の忠誠ならばともかく、見ず知らずの者の忠誠心などあまり信頼に値せぬものだ。寧ろ金で契約を交わし、利害の一致を図った方が余程信頼できる。ならば余がかの者に忠誠心ではなく金銭で契約を結ぶのも理解出来よう」
「では陛下の意のままに…」
 ラインハルトの提案に打ち負かされる形で賛同し、ミッターマイヤーは深々と頭を下げた。
「さて、ブラウンシュヴァイクとは一戦交えねばならぬが、サユリ、お前が付いて来るのは危険だ。そこでだ、他の四人にはもう一仕事してもらいたい。サユリを北のオーディンまで届けてくれぬか?」
「オーディン、ひょっとしてあのヴァンパイヤ伯爵の所にですか?」
「そうだ。オーベルシュタインは信頼できる、下手な人間よりもだ」
 ラインハルトの提案に対し、ジュンだけではなく、他の三人も少なからず動揺を抱いた。しかし、自分達領民の為に尽くしてくれているラインハルトの命を断われる筈もなく、四人は謹んでラインハルトの命に従った。
「では卿等に余の妹の命を預ける。無論、サユリがヴァンパイヤにならぬよう充分に注意するように。それと直ぐに出立するのは厳しかろう。3時間程休息を取ってからオーディンへと向かうように」



「ではお兄様、行って参ります」
 3時間後、サユリはシノンの若者達を連れてラインハルトの宿営地からオーディンへと向かった。
「いいのか、もう少し護衛を付けなくても…」
 自分と血の繋がった妹の護衛にしては人数が少ないのではとユキトは思った。嘗て自分が仕えていたミスズと声や雰囲気が重なるサユリを見て、そう思わずにはいられなかった。
「予定外なのだ…」
「予定外?」
「ブラウンシュヴァイクが父の生前から陰謀を企んでいたのは分かっていた。故に陰謀を起こさせる隙を敢えて与えさせ、その機に乗じて奴に加担する者共を一網打尽にする算段だったのだ」
「何もかも計算通りという訳か、恐ろしい人だな…」
 ユキトはそのラインハルトの計算高さを畏怖すると共に、ラインハルトとブラウンシュヴァイクの確実な力量の差を感じた。結局の所ブラウンシュヴァイクはラインハルトの掌で躍らされていた存在に過ぎないと。
「しかし、唯一妹が自ら知らせに来たのが計算外だと…」
「ああ。しかしこれは逆にチャンスかも知れぬ」
「チャンス?」
「サユリは…我が妹は宮殿という生温い温床でしか生きられぬ者だと思っていた。だが、そんなサユリが危険を顧みず自ら赴いて来たのだ。ユキト、余はサユリには宮殿内などで一生過ごすのではなく、いずれは余の元を飛び出し、世界中を飛び回るようなたくましい人間になるのを常々望んでいたのだ。だからこそ護衛は必要最低限にし、サユリの自ら生きる力の向上に期待しようと思ってな」
「羨ましい考え方の持ち主だ。俺もそんな奴の元に仕えたかったものだ…」
 ラインハルトの言に、ユキトは変わる筈のない過去の可能性へと心を揺らした。もしミスズの父であったエル・ファシル王がラインハルトと同じ考えの持ち主だったならば、ミスズの願いを叶えただろうに。そうすればミスズはエル・ファシルと運命を共にすることなく、今頃は自分と……。


…To Be Continued


※後書き

 という訳でして、第二話です。結構早めに仕上がりましたね。しかし二話終了して玄作におけるミカエルとの邂逅シーンまでとは…、展開遅過ぎですね…(苦笑)。この展開ですとオープニングイベント終わるのに、三話所か四話位必要としますね。
 さて、冒頭の回想シーンに出て来た観鈴ちんですが、恐らくあとラスト辺りまでは出ないかと…(笑)。それとオーベルシュタイン、実はレオニード役をやらせようと思ったのは2話を書いている途中でした。当初は原作のようにラインハルト様の参謀的役をやらせようと思っていたのですが、ヴァンパイヤなオーベルシュタインもイメージ的にいいんじゃないかと思いまして(爆)。
 こんな感じでキャラクターは既に決まっていたりまだ確定していないのもあります。出す前にキャスティングを公表しますとその後修正が難しくなる為、ほぼ確定しているキャラクターも作中で実際に出て来るまで、敢えて公表しない事にしております。まあ、気になるキャラクターがいましたらメールか掲示板で質問願います。そのキャラクターをどう扱うかについての現時点での考えを大まかに話しますので。

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